⑨
司は、ホテルのバーに玲人を呼び出していた。
「神崎君、今回の件、本当に申し訳ない。」
頭を下げた司に、玲人もビックリしていた。
「いやっ、その、やめて下さい。道明寺さん。
」
「今回の事は、梓のワガママでしかないんだ。
だから、君には本当に申し訳ない。」
「いえ、、、実は、僕も本当の事を言うと、この結婚には迷っていました。。。
もちろん、彼女の事は好きでした。。
でも、なんか、自分の中で、結婚まで吹っ切れないというか。。。」
「君も、いろいろあったみたいだね。。」
「はい、、、。あの、今からいう話は、
ここだけの話にしてもらえますか??
誰にも言うまいと思っていた話なので。。」
「ああ、わかったよ。」
そして、玲人は話し始めた。
大学2年の頃、初めて心から愛する女性に出会ったこと。
3歳上の彼女とは、食事していたレストランで出会った。彼女は、そこでソムリエを目指して勉強していた。
彼女は、玲人のスタッフに対する横柄な態度が許せず、彼をその場で叱った。
慌てた上のスタッフが出てきて、玲人に謝罪したが、彼女は頭を下げなかった。
玲人は、今まで誰かに、真剣に怒られたことが無かった、自分のしている事は全て許される、親の力、金の力で何とかできると思って生きてきた。
彼女の存在が気になってしょうがなかった。
あの瞬間から、彼女に惹かれている事に気付いた。
数日後、店に行ってみると、彼女は辞めていた、あの一件後、半ば辞めさせられていたのだ。
必死に、彼女の居場所を探した。
数週間後、ようやく都内のレストランで働く彼女を見つけた。
彼女は、玲人を見るなり、何しに来たの?と冷たい言葉を掛けた。
それから、玲人は、週1回彼女の働くレストランに、通うようになった。
最初は、相手にもされなかった。
しかし、ソムリエを目指す彼女との話を合わせるために、玲人も必死に、ワインの勉強をして、会話のきっかけをつくっていた。
そんな、玲人の姿に、彼女も惹かれていき、2人の距離が縮まっていった。
毎日、彼女の仕事が終わった後、彼女の部屋で一緒に料理を作り、ワインを選んで呑む、それがささやかな幸せだった。
そして、お互いに愛し合うようになっていった。
彼女の部屋で暮らし始めて数ヶ月後の事だった。
彼女が、妊娠していることがわかった。
その状況に、嬉しさよりも、自分の今の立場や親になるという事が理解出来ず、気付くと、部屋から飛び出してしまっていた。
まだ、大学生である自分。
親に言うべきだろうか、いや、いっそ家を出てしまおうか。。駆け落ちでもいいじゃないか。
でも、どうやって暮らしていく?
何をして働く?
親子3人で生活できるほど、稼ぐ事が、自分はできるんだろうか??
神崎家に生まれ、何不自由なく育った環境以外で生きていくことが、恐怖に感じていた。
その間にも、彼女から連絡はあったものの、自分の答えを見つけ出せないままだった。
しばらくたったある日、玲人は彼女の部屋を訪れた。
そこには、彼女の姿はなく、部屋も空き部屋になっていた。
彼女の働いていた店を訪ねたが、そこにも彼女の姿はなかった。数日前に、退職していた。
同僚が、玲人に、手紙を渡してきた。
彼女からの手紙だった。
そこには、
「さようなら」とだけ書かれていた。
仲の良かった同僚の話では、
玲人に会うために、神崎家を訪ねてきていた事、そこで、玲人との事を話すも許してもらえず、代わりに、フランスでのソムリエ留学と手術費用を条件に、別れるように告げられたという。
彼女は、玲人に相談しようとしたが、一向に連絡がつかないことに気持ちも絶望し、 子供を産むことを諦め、フランスに旅立って行った、と聞かされた。