③
黒塗りの高級車が、佐伯設計事務所の前に止まった。
家の、チャイムを鳴らす。
「ピンポーン」
「はい、はーい。ちょっと待っててくださいっ!」
インターホンの向こう側で、ドタバタしている様子がわかった、相変わらずだと、くすりと笑った。
「ゴメンなさいっ、お待たせしま、、、」
ドアを開けたまま、止まっていた。
「久しぶりだね、牧野」
笑顔で語りかける。
「はっ、花沢るっ、、花沢類なのっ??」
目を丸くして、こちらを見ていた。
「えっ!?ど、どうして、ここに、、??」
「とりあえず、中で話さない?」
家の中を指して、にこりと笑う。
「どっ、どどどうぞ。」
まだ動揺しているつくしをして、
笑っていた類だった。
②
その頃、梓は、神崎と婚約していた。
まだ、高校生の梓だったが、
祖母の楓から、条件を出され、仕方なく応じていた。
楓は、梓の、交遊関係を調べ上げ、類との事、稑の事も把握済みだった。
梓には、
「婚約に応じれば、この先、これ以上束縛をしない事。
もし、応じなければ、類との事を司に話すと言う事と、(すでに、司には類から話した事を知らない)
稑の母親の会社に、道明寺グループ関連の仕事を一切まわさない。」
というものだった。
この話は、楓と梓だけで、司は一切把握していなかった。
最初は、抵抗していた梓だったが、
以前、滋に言われた言葉を思い出し、
仕方なく、婚約を受けたのだった。
一方、相手の神崎は、梓に夢中になっていた、優しく紳士な振る舞いで接せられるうちに、梓も少しずつ神崎に心を開いていった。
第5章①
1年後。
稑は、バイト時代の縁もあり、花沢物産に就職していた。
梓とは、あの後、連絡が取れなくなり、疎遠になっていた。
彼女の事情もあるのだろうと、稑は気にしないようにしていた。
梓の事もあったが、
実は、就職にするにあたり、母から初めて反対されていた。
普通に考えれば、倍率も高い商社に、半ばコネ入社で入れたのだ。
普通の親だったら、喜ぶはずなのに、、、。
なぜダメなのか?反対なのか?の理由は、ハッキリ答えず、ただ、商社なんて、あなたに向いてない。の一点張りだった。
安定した職について、今まで苦労してきた母親を楽にさせてあげようと思っていたのに、、、
就職が決まった時も、1番に喜んでくれるはずなのに、
「そう、、、よかったわね。」
と心無く、答えただけだった。
⑤
稑は、この間の梓が言っていた言葉を、思い出していた。
人並み以上に、恵まれた環境で生まれたのに、
幸せを感じられない人もいるんだ。。。
物やお金だけでは、幸せや自由を叶えられないこともある、、、
逆にその存在が、自分をその環境から縛り付けている要因になっている人もいる、、、
梓が、そうなんだろうか、、、
少しかわいそうに思えた。
自分は、父親がいないが、
その分、母親や周りの人に沢山の愛情をもらって育った。
母親も、若い頃は、父親の仕事が上手くいかず、ずっと貧しい生活だったそうだが、家族や友達にも恵まれで明るく、楽しく、幸せな日々だったと、聞いた。
きっと、あいつはそういう事を知らずに育ったんだろう。。。
世の中には、お金で買えなくても、大切なものが沢山あるんだと、
お金だけが、幸せじゃないと、
あいつにも、わかる日が来るのだろうか?
本当の幸せを、教えてやれるヤツが現れるだろうか、と考えていた。
④
数日後、梓は、楓からの食事の誘いを受け、
ホテルにいた。
「お祖母様、ごきげんよう。」
「梓、よく来たわね。」
相変わらずの存在感で、孫の梓さえも圧倒する。
「お祖母様と、お食事なんて、久しぶりなので、楽しみです。」
「そうね。」
梓が笑顔で笑いかけたのに対し、素っ気ない雰囲気の楓。
席に通されると、すでに先客が待っていた。
「あら、まぁ、お待たせしてしまって、すみません。神崎さん。」
「いえいえ、こちらこそ。急な事で、無理を言って申し訳ない。」
その様子を見ていた梓は、訳がわからない。
「あぁ、そちらが、梓さんだね。」
「梓、こちらにいらっしゃい。」
楓の秘書に促され、楓の横に並ぶ。
「梓。こちらは、神崎HDの会長と、そのご子息の神崎玲人さん。神崎さん、この子が、孫の道明寺梓ですのよ。」
何がなんだかわからない梓は、ボー然としていた。
「梓!まぁ、失礼しました。まだ、子供なもので。さぁ、玲人さんも、お掛けになって。」
未だ状況がわからない梓をよそに、お見合いは進められて言った。
③
「今日は、例の場所ムリそうだな。。。」
「そうだね、大遅刻したし笑」
「だから、ゴメンって!」
話してながら、並んで歩く、稑と梓。
他愛のない話しをしていた。
「ねぇ、稑君って、兄弟いるの?」
「ううん。オレは、一人っ子」
「えーっ、私も。
じゃあ、家族3人暮らしだ。」
「いや、、、父親が小さい時に亡くなってるから、母と2人暮らし」
「そうなの??実は、私も小さい時にママが亡くなって、、、今はパパと2人なんだ。」
「そうか。。。」
「何か同じ境遇だね。」
ニコッと笑った梓の顔が、少し引きつっているのを感じた。
「、、、何か、悩みでもある?」
「う、ううん。ただ、よく私のいる環境って特別だって言われるんだ。。。でも、それが、まだよくわかんないの。」
「ふーん。オレから見たら、英徳に通うお嬢様って時点で、だいぶ特別だけど?」
「ある人に言われたんだ、、、この先、私は、他の人よりも、多くの良い事、悪い事の選択を迫られることになるって。」
「自分だけの為の人生じゃない、って事、言いたいのかな、その人は、、、?」
稑が、ぼそりと言った。
②
「司様、梓様の件で、お耳に入れたいことがございます。」
秘書が、司に耳打ちをした。
妻が病死してから、暫くは家にいる事を第一にしていたが、梓が中学生になると、司の仕事がさらに忙しくなり、2人きりの時間はほとんど無くなっていた。
「ん?なんだ?」
「会長が、勧められているお見合いの件なのですが。」
「あぁ。オレは、本人達に任せるつもりだ。
いまどき見合いなんて。。。」
自分の過去を思い出していた、、、。
騙し合いのような見合い。
そんなもの、上手くいくはずがない。
歳は取っても、あのババアは、変わらないな、と呆れていた。
「先方が、是非、お会いしたいとの事です。」
「、、、そうか、梓にも、確認してくれ。」
「はい、、、」
「ん?どうかしたか?」
「はい、この件もありまして、梓様の交遊関係を調べるようにと、会長から命を受けまして、、、。
実は、大変申し上げにくいのですが、最近、梓様が頻繁に会ってらっしゃる方がいるようなんです。」
「、、、そうか。」
「報告書がございますが、ご覧になりますか??」
「、、、いや、オレはいい。」
「承知しました。」
昔の自分を見ているようだった。
守りたかった想い。。。
とっくに、心の奥底に封印したはずなのに、
月日はこんなにも過ぎているのに。。。
あの時の気持ちが、鮮やかに戻ってくるようだった。